「徒弟制度再考-修業の意義と日本的教育観による忌避-」明治大学『経営論集』第66巻第1号に掲載されました(3月9日)。B5版56ページです。ご批判下さい。目次は次の通りです    

承前 徒弟学校の設立と廃止
1  「工場法」制定過程における教育論 
2  「工場法施行令」の「徒弟」条項 
3  日本工業協会の「徒弟」制研究   
4  「工場事業場技能者養成令」と改革案  
5  「労働基準法」の「徒弟の弊害排除」  
6  「職業訓練法」以降の施策 
括  徒弟制度問題と日本的教育観

 

「混迷の戦後職業訓練法制-労働権に逢着しない-」が龍谷大学『龍谷法学』第51巻第3号(2019年2月15日)に掲載されました。A5版39ページです。ご批判下さい。

龍谷大学のリポジトリはこちらです。

目次は次の通りです。

 はじめに
序 戦後直後の職業訓練体制:    戦前期法令の運用
1.失業者対策から技能者養成へ:  「職業安定法」法理の曲解
2.労働者保護から技能者養成へ:  「労働基準法」の限界
3.非学校としての「知識」の放棄: 「 職業訓練法」の制定
4.雇用政策への合流:       「雇用対策法」体制への組み込み
5.能力開発体系の構想化:     新「職業訓練法」の制定
6.事業主期待の体制化:      「雇用保険法」の能力開発事業
7.学校的制度からの還元:     「職業訓練法」の改正
8.事業主主導体制の明確化:    「職業能力開発促進法」への改正
結 労働権に逢着しない要因:    「世界人権宣言」との差異

(重要な欠落に気づきました。71ページ下から4行目に下記について追加させて頂きます。:3月15日)

 「能開法」により全面的に改正された基準は、企業の対応を容易にするためであった。制定された基準は当然ながら公共職業能力開発施設にも準用される。このとき最大の問題となるのは、指導員の定員が従来は「訓練生三〇人…につき三人」のように規定されていたのが、新基準では「適切な数」となった事である。「適切」とは明確な人数が定まっていず、指導員の定員削減、公共職業能力開発施設の合理化の要因になっているのである。


大湊造船徒弟学校における修業制度の創設と看過-デュアルシステム整備の可能性と未発達の要因-」が名古屋大学技術・職業教育学研究室『技術教育学の探求』第14号、2016年5月に掲載されました。
徒弟学校は、「徒弟」の名称を付けた学校は少なく、女子校が多く、近代産業職種の設置が極めて少なかった中で、大湊造船徒弟学校は地域の造船所等で実習を実施する等、ドイツのデュアルシステムに極めて類似した運営を行い、地域からも子ども達からも大きな支持を得ていました。しかし、文部省の徒弟学校廃止の方針を受け、他校が全て廃止されても数年間は同じ名称で運営していました。ところが、工業学校に転換した時の教科目に「実習」の名所を掲載して居ませんでした。これは何を意味しているのかについて謎解きをしました。
ご批判ください。論文名をクリックして頂くと名古屋大学のレポジトリでご欄頂けます。


わが国における『徒弟』法制化の課題-徒弟学校の設立・改廃と『工場法』徒弟制度との関連より-」が名古屋大学技術・職業教育学研究室『技術教育学の探求』第12号、2015年4月に掲載されました。
 徒弟学校の改廃は工業学校の設立により衰退したとの定説がありますが、「工業学校規程」が制定された後も徒弟学校は増設していること、何よりも臨時教育会議が、実業教育制度の改革は不要、との答申を出していたにもかかわらず、文部省は徒弟学校の廃止を決定していました。
 また、実体的には女子校が多く、女子校は職業教育と言うよりも家政教育が大半でした。男子校でも近代的職種よりも伝統産業職種が多く、相対的に今日に考える「徒弟」イメージとは言えない内容でした。
 そして、徒弟学校は「工場法」徒弟制度の制定の1916(大正5)年後に急激に廃止されていました。
 何故に徒弟学校は廃止されたのか、これらの実情の背景を整理したものです。
 なお、名古屋大学のレポジトリhttp://hdl.handle.net/2237/21784 に入っております。ご批判ください。
 なお、手島精一が校長を勤めていた東京工業学校は、明治31年に東京高等工業学校に改編していましたので、労働組合期成会が手島校長に「公開書」を送ったのは明治34年でしたから、32ページ下7行目の「東京工業学校長」は「東京高等工業学校長」のミスでした。

「木崎農民小学校の「非教育」の実践-明治大正期農民運動における就学要求の帰結-」が『明治大学社会教育主事課程年報』No.24、2015年3月に掲載されました。

 明治大学のリポジトリはこちらです。
 「木崎村農民は子弟に3ヶ月近く公立学校を同盟休校させたが、芥川龍之介等の文士をはじめとして全国からの支援を受け、独自の農民小学校を新築・設立し、明治憲法下で政府の教育に対抗した教科方針を定め、蔑まれていた小作農の子弟が伸びやかに成長した実践を展開しており、最終的に政府も収拾に乗り出したのである。このような木崎農民小学校とその設立に至る農民運動の位置付けを無視して、わが国の近代教育を語ることはできない。今日の教育の課題はそこにあると言えよう。」との問題意識でまとめています。ご批判下さい。
 
「実習の意義と役割」が文科省編集協力・産業教育振興中央会の『産業と教育』に掲載されました。依頼を受けて高校の先生方のために整理してみましたが、基本は職業訓練の実習と同じだと思います。
PDFはこちら(B5版6ページ・2.15MB)です。


学校教育と職業訓練の連携と離反-戦後における人間的発達支援策としての統合論の課題-が名古屋大学技術教育学研究室研究報告『技術教育学の探求』第11号、2014年10月に掲載されました。時々の課題を8項選び、整理してみました。(A4版14ページ753KBです)


「迷走する「教育を受ける権利」論-「ブラック教育」の暴走を止められない」が『現代の理論』デジタル版第2号に標記の拙論が掲載されました。(2014年8月28日)http://www.gendainoriron.jp/vol.02/rostrum/ro03.phpでご覧になれます。
本稿は、研究者Tさんに「堀尾先生は、『教育基本法をどう読むか』では『教育への権利』と言っておられます」との紹介を受けて、検討した結果です。「教育を受ける権利」と「教育への権利」を同時に主張する堀尾輝久の論は「思想と構造」ではなく自家撞着と言えるでしょう。

 

斉藤健次郎:「宮原誠一「生産教育論」について」(13.8KB)

 拙論の「1950年代における労働と教育をめぐる課題~宮原誠一生産教育論変転の今日への示唆~」をご笑覧くださり、宮原が記したとしている『教育学事典』の「生産教育」について、その経過を詳しくご紹介くださいました。そして、宮原の生産教育論が変転した背景について、当時の技術教育・職業教育の状況が反映したのではないかとの示唆を述べておられます。ご参考にして頂ければ幸いです。

「1950年代における労働と教育をめぐる課題-宮原誠一生産教育論変転の今日への示唆-」が日本社会教育学会の年報「日本の社会教育」第57週に標記の拙論が掲載されました(2013年9月27日)。
 目次
 1.戦後の教育改革における検討と挫折
 2.宮原誠一の生産教育論の変遷
 3.宮原誠一の日本生産教育協会における活動と隠匿
 4.宮原誠一の生産教育論をめぐる問題の背景
 5.宮原誠一の生産教育論に関連する観念の問題
  ①「徒弟制度」への蔑視観
  ②「勤労」の用語の使用
  ③「職業」の概念の問題
 6.戦後教育に孕む問題


「成瀬政男の技能・職業訓練論による教育界への啓蒙活動」が『職業能力開発総合大学校紀要第42号』に掲載され、総合大のHPに紹介されました(2013年3月)。今年からは印刷せず、Webのみによる公刊だそうです。私の本HPにもあげています。A4判10ページ、320KBです。論文名をクリックしてください。


◎学位論文「わが国における公的職業訓練とそのカリキュラムの歴史的展開に関する研究」を求めて問い合わせが最近有るようですので、古くなった論文ですが上げることにしました。ご批判下さい。
  目次

     序章 研究の課題と方法                  A4版22P 1272KB
     第1部 戦前編
       第1章 わが国における公的職業訓練の誕生      A4版 36P 2690KB
       第2章 生産力拡充策と公的職業訓練の体系化    A4版 50P 3591KB
          2-補-2表(折り込み)           A3般  1P  141KB
       第3章 太平洋戦争の開始と公的職業訓練の変動   A4版 14P  977KB
     第2部 戦後編 戦後の公的職業訓練カリキュラムの概観 A4版  8P  609KB
       第4章 戦後における公的職業訓練の再発足     A4版 42P 2235KB
       第5章 経済の高度成長下における公的職業訓練   A4版 50P 3857KB
       第6章 経済の安定成長下における公的職業訓練   A4版 36P 2771KB
      結 論                        A4版 22P  856KB
       資 料                       A4版 56P 3418KB
       主要業績-謝辞                   A4版  4P  198KB
       
「『教育』の諸問題と改革の視座」が掲載された『産業教育学研究』第42巻第1号(2012年1月)が完成し、送られて来ました。A4版8頁です。昨年10月末に日本産業教育学会において報告した要旨です。読み直してみて、特に言葉足らずな箇所が有りましたので、補足したいと思います。
 5頁右列の最上段
「第3に「勤労」の尊重である。「勤労」の学校における使用は、昭和2年文部省訓令第20号であり、労働問題を扱う社会局よりも早かった。」を
「第3に「勤労」の尊重である。問題にする国(天皇)への奉仕としての「勤労」の学校における使用は、昭和2年文部省訓令第20号であり、労働問題を扱う社会局よりも早かった。」に修正します。
 すなわち、この頃以前にも「勤労」は教育法令に利用されていますが、それは福沢諭吉の実学推奨のような意味としての「勤労」だったわけです。
 宜しくご批判下さい。

 

「これからの人間形成の法体系-「教育」と労働との接続に関する再編-」が日本社会教育学会編の『教育法体系の改編と社会教育・生涯学習』(東洋館出版社、2010年9月)に掲載されました。

 

「用語『普通教育』の生成と問題-『職業訓練』忌避観醸成の背景-」が『職業能力開発総合大学校紀要第39号B』に掲載されました。
 本論に関しまして、濱口桂一郎氏がブログでご紹介下さり、4年前にも類似の議論が有ったことを紹介されています。

 

「これからの職業訓練のあり方」が高齢者・障害者支援機構が発行する『ELDER』の3月号に掲載されました。

 

「中央職業訓練所の設立に関する一考察-職業訓練指導員養成論をめぐって-」が『職業能力開発総合大学校紀要』第38号B(2009年3月発行)に掲載されました。

 

「日本的『教育を受ける権利』の精神と問題-教育混迷の根源-」が明石書店『現代の理論』09年新年号に掲載されました。この論は、拙著『働くための学習』の核心の要約ともいえます。ご批判下さい。

 

「“日本の人材育成”の気概で」が日本産業訓練協会発行の『産業訓練』、2008年12月号に掲載されました。企業における教育訓練の意味を、ヨーロッパでは定着している社会的責任(貢献)の視点で再編して欲しいことを述べました。これは、日立製作所の創業者である小平浪平氏の理念にすでにあったことを紹介しています。

 

「公共職業訓練軽視の土壌と背景」が、技術教育研究会の『技術と教育』11月号に掲載されました。
特集「どうなる日本の公共職業訓練」の1本です。
他に、依田有弘氏の「公的職業訓練を守り発展させよう」、佐々木英一氏の「公共職業訓練をめぐる今日の議論について」、丸山剛史氏の「中学校卒業対象の職業訓練の現状」が掲載されています。

 

「オーストリアのデュアルシステムに関する一考察」および
「『雇用保険法』における能力開発事業の規定過程過程と課題」が『職業能力開発総合大学校紀要第37号B』に掲載されました。

 

「鈴木安蔵の『働くこと・学ぶこと』」が産業教育研究連盟発行の『技術教室』3月号(No.686)に掲載されました。「働くこと・学ぶこと」の特集記事のひとつです。

 

「自立することに誇りを持つこと」を技術教育研究会の機関誌である『技術教育研究』第66号に発表しました。「働くことをどう教えるか」という特集の一論文です。

 

「教育」論評寸史 本ウェブが初公開です。
職業能力開発総合大学校1年生の講義への感想をヒントに、「教育」の言葉に対する論評の
エッセーを書いてみました。

 

「技術・技能訓練受講生の実情と職業観」を『Consultant』に発表しました。(2007/4)
「伝承~志を次世代に」という特集記事の一つです。『Consultant』は全国建設コンサルタンツ協会の機関誌です。

 

「鈴木安蔵の労働権と『教育』の回避-憲法研究会『憲法草案要綱』を手掛かりに-」を『職業能力開発総合大学校紀要』に発表しました(2007/3)。
マッカーサー草案を作成する時にGHQが参考にした憲法案が「憲法草案要綱」です。その草案を起草したのが鈴木安蔵です。「憲法草案要綱」では労働権が極めて強調されているのに対し、「教育」の文字が使用されていない
意味について解明しています。
なお、鈴木安蔵をモデルとした映画「日本の青空」が上映中です。

 

「職業訓練と『義務教育』に関する一考察」を『技能と技術』誌に発表しました。(2007/3)
「義務」の英語には"duty","obligation"がありますが、「義務教育」の英語は"compulsory education"
が使われています。"compulsory"は「徴兵」、土地の「強制」収用等に使われています。このように、英語と日本語でおかしな関係になる理由は「教育」にあることを論じています。

 

「生涯学習としての人材育成の一視点」を『産業訓練』誌に発表しました。(2006/10)
「新入社員研修の成果と準備」という特集記事の一つです。『産業訓練』は日本産業訓練協会の機関誌です。

 

「わが国における職業教育の課題と展望」(インタビュー記事)が『法律文化』2006年9月号に掲載されました。

 

◎「重工業における熟練技能の伝承-三菱造船所の「技能塾」を例に-」を『技能と技術』誌に発表しました。(2006/2)

 

「学校卒業者の公共職業訓練と修了後の進路」を名古屋大学『職業と技術の教育学』に発表しました。(2006/3)

 

「日本版デュアルシステムの試行状況」を『産業教育学研究』誌に発表しましま。(2006/1)

 

「学生の『教育』と『訓練』の認識に関する研究」を『職業能力開発総合大学校紀要』に発表しました(2004/3)。主筆は東海学園大学経営学部の青山法子氏です。総合大の学生と一般学生、職業訓練指導員の言葉の認識についての比較研究です。

 

「『労働者教育』の理論枠組みについて」が『日本社会教育学会年報第47集』に掲載されました。平成15年9月。

 

「『生涯学習』-だれがその主役なのか?-」が大阪市市役所編による『都市問題研究』第55巻第11号に掲載されました。平成15年11月。

 

「『教育』の呪縛-日本人の誤解と盲信」を『技術と人間』(2002年/3月号)に発表しました。

 

「職業人の育成と実習の意義」が『工業教育資料』275号(実教出版・2001年3月)に掲載されました。

 

「日本人の人権意識における職業訓練観」を『産業教育学研究』誌に発表しました。(2000/7)

 

「『教育基本法』の『勤労の場所における教育』をめぐる教育観」を『職業能力開発総合大学校紀要』に発表しました。(1999/3)

 

「「職業訓練学」エルゴナジー・Ergonagyの位置と構造」を『職業能力開発研究』に戸田勝也先生と共著で発表しました。(1999年3月)

 

「モノづくり学習の意味-「実習論」再論-」を山形県立産業技術短期大学校紀要第4号に発表しました(1998年3月)。63ページが不備になっています。こちらをクリックして下さい。

 

「小学校の数ほど『モノづくり塾』を」を中央職業能力開発協会『能力開発』(平成10年3月号)に発表しました。

 

「『雇用保険法』の変遷と課題」を『職業能力開発研究』誌に発表しました。(1997/3)

 

「"Education"は「教育」ではない」を『技能と技術』に発表しました。(1996年6号)

 

◎村瀬勉名誉教授と早川亜里青山学院大学講師(非)との共同で「百科全書『教導説』の検討-箕作麟祥による"Education"の翻訳-」を『職業能力開発総合大学校紀要』に発表しました。(1996/3)

 

「公共職業補導制度と企業内技能者養成制度との統合化の論理と問題」を『職業能力開発研究』誌に発表しました。(1996/3)

 

「職業訓練と教育をめぐる論点考」を『職業能力開発研究』誌に発表しました。後半はこちらです。

 


職業訓練指導員養成体系の再編成に関する試論を『職業能力開発研究』誌に村瀬勉先生と共著で発表しました。(1994年3月)

 

「山田洋次監督の職業訓練観」を『技能と技術』1991年1号に発表しました。

 

◎「「職業訓練原理」を語る意義 ─学生・受講生の自信と誇りを確立するために─」を『技能と技術』2001年6号に発表しました。

 

古い論文をお探しの場合、名古屋大学のリポジトリに掲載されている場合もありますのでご探査下さい。)